-指揮者編①-
行定勲監督の新作『いまだったら言える気がする』を観た。新作・・と言っても映画館に行ったわけではない。YouTubeで配信されるリモート短編作品である。
感動した。何故にこんなに感動したのだろう。画面は常にzoomのテレビ通話状態で、中井貴一さん(大好き。)演じる小説家と二階堂ふみさん(大好き。)演じる若手女優の会話が20分くらい続いた後、もう1人が画面に現れる。話に大きな起伏はない。ただ、ひたすらの日常である。他人の会話を盗み見ている気分になった。
そしてふと、そもそも舞台作品とは”盗み見”なのではないか、と思った。そこにいる人物の独白、恋人との会話、家族会議、会社での事件。それらを近くから、透明人間のように眺める。これが作品に触れる上での”非日常性”の一つであるのだと気付いた。
オペラには1人で歌うアリアと、数人で歌う重唱がある。
アリアはその人物の心の声だ。もし心の声ではなく実際の声だとしたら、その人は約5分間、虚空に向かって独り言を呟いていることになる。なかなかやばい人物だ(しかしオペラにはなかなかやばい人物が多い)。
重唱は2人だとデュエット、3人だとトリオと言うが、歌劇『ファルスタッフ』という作品の中に9重唱が存在する。9人の登場人物が一斉に主人公ファルスタッフへの復讐計画を話すのだ。オペラの上演では舞台の両脇に字幕機が置かれるが、これ1台が一度に表示出来るのが16文字×2行(色々なタイプがある)。それが2台なので合計4行。9人分を同時に出すことは不可能なのだ。なので2~3回に分けて表示されるのだが、字幕にはセリフの発言主が表示されないため、観ていてもなんのこっちゃ分からない。「あーこれはなんとなくこの人が言ってるっぽいな。病気のこと言ってるから多分この医者のセリフだな」。この程度である。
ここ ↓ ↓(この公演の演出ではなぜかキャベツ畑が舞台。)
ミュージカル『ウエストサイド物語』を作曲したレナード・バーンスタインは、クラシック音楽界ではむしろ指揮者として知られているのだが、彼が歌劇『ラ・ボエーム』の中に出てくる四重唱を指揮した際に
「ここで観客は神の視点を持つことが出来る」と言ったという。
多数の登場人物の心の声を同時に聴けるオペラは、ある種の神的体験だということだ(色々な方から何度も聞いたことあるのだが調べても出てこない。もしかして言ってないかも?笑)。この話を聞いた時、なるほどと一瞬感動したのだが、よくよく考えてみると4人の心の声を聞き分ける能力が必要なわけで、我らが聖徳太子なら7人までは可能かもしれないが、その太子さんをもってしてもファルスタッフの9重唱は「え?ごめん、もう一回言ってくれる?」となってしまうのである。
神的体験は出来たとしても、より自分の平凡さを感じるというかなんというか。いやしかし、もしかしたらバーンスタインにはそれが可能だったのかもしれない。耳の良さに関しては他を圧倒する職種なのである。指揮者という職業の凄さについてはまた別の回に。
“リモートで演劇”は実現された。では”リモートでオペラ”は可能だろうか?
オンラインではどうしても時差が発生してしまうから、生配信で音を合わせるのは難しい。かと言ってじゃあ1人ずつ収録して・・となると、先ほどの9重唱などの早口アンサンブルを家で1人寂しく録らなければならない。これが意外と難しくて「赤信号みんなで渡ればこわくない」ではないけれども、9人で同時にやるから出来るという部分が少なからずあると思う。1人での録音は必要以上に自分と向き合わなきゃならない。つらい。などなど考えているとあっという間に日が暮れてしまう。
バーンスタインの名言を調べていたら他にもこんなものがあった。
“言葉はもういい、行動しよう”
・・・流石です。